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インド人の水彩画家 Milind Mulick(ミリンド・マリック)の「Watercolour」という本を取り寄せて読んでいます。
僕はこれまで、著名な日本人水彩画家の本を相当読んできました。横浜市立図書館で借りられる本はほとんど読みましたし、また自分で買ったものが5冊くらいはありますから、30冊以上は読んでいます。これらの中には優れた本もありますが、多くは「ハウツー」ものです。
Milind Mulick さんの「Watercolour」は、最初は軽い気持ちで読み始めたのですが、一部にはハウツー的な部分もありますが、水彩画を描く上でのエッセンス、または哲学のようなことが惜しみなく書かれているので、途中から本腰を入れて精読しています。
この本に描かれている内容は、水彩画で風景画を描く人にとって大変勉強になると思うため、著作権の侵害にならない範囲で重要な点を紹介します。
また、この本には、美しい水彩画やそのプロセスを示すデモンストレーションが多数掲載されていますが、これらをここで紹介するわけにはいかないので、絵を含めて詳しく知りたい人は、自分で買って読んでください。Amazon で 3500 円程度ですが、ロンドンから取り寄せるため、注文してから届くまで数週間かかりました。
この表紙の絵のデモンストレーションもありますが、家が Focal Point で、手前の木が Negative Painting です。また、家の後方の森と前方の植栽部分は Suggestive に描いています。
Milind Mulick さんの水彩画は、freshness (鮮やかさ)が特徴です。
Focal Point とは、見る人の目を真っ先に引き付けるもののことで、風景画には Focal Point が少なくとも 1 つ必要だということです。同じ意味で Point of Attraction という言葉も使っています。
また Focal Point が絵の真ん中にあると退屈な絵になってしまうので、真ん中から左右または上下にずらした方が「絵に緊張感が生まれる」ということです。
また Focal Point の対象となるものは、最も明るい場所や最も暗い場所、またはそれらのコントラストが際立っている場所などさまざまで、どこを(何を) Focal Point にするか、絵を描く前の段階で決めておくとよいそうです。
色を塗り重ねて物体を表現するのを Positive Painting と呼び、その逆に対象物の周囲を(一般には暗い部分を)塗って対象物が浮き上がるように表現するのを「Negative Painting」と言います。
これはいわゆる「白抜き」の拡張版とでも呼べるもので、森を描くデモンストレーションでは、全体に基本色を塗ってから、樹木の幹部分を Negative Painting で表現しています。Negative Painting を使うと、塗らないで目立たせることができます。
Suggestive とは「示唆的」という意味ですが、風景画では細部まで忠実にコピーするように描くのではなく、そこに何かがあるように示唆する、または連想させる程度に描くことが重要だと書いています。
具体的な例として、たとえば、ビルの影部分だけを描いてビルであることを連想させる、と言えば理解しやすいかもしれません。
一般に上手い人の絵を見ると、「描いているようで描いていない」、または「描いていないようで描いている」微妙な表現に感心することがよくあります。Suggestive に描くとは、このことを指しているのですが、この「Suggestive に描く」が、最も難しいように思います。
日常、何気なく見えている風景の中に、美しさが隠れています。その隠れている美しさ (Hidden Beauty) に気づくことが重要です。
誰でも経験することですが、初めての場所でスケッチするときは良い絵が描けないのに、何度もその場所を訪れるうちに、良い構図や良いアングルが分かってきて、良い絵が描けるようになります。これは、その場所を繰り返し歩き回っているうちに、その場所の Hidden Beauty に気が付くからでしょう。
「Less is More」とは、少ない方が良くなるという意味ですが、少ない方が良いものは 2 つあり、それらは(1)絵に描くコンポーネントの数、および(2)ストローク数です。
コンポーネントが多すぎる(あれもこれも盛り込む)と、見る人は何を見ればよいのか分からず、結局退屈な絵になってしまいます。風景画は「写生」ではないので、「こうあってほしい(What you want to see)」という視点から取捨選択すればよいということです。
またストローク数とは筆を動かす回数(塗り回数)のことで、水彩画特有の freshness (鮮やかさ) を実現するには、最小のストローク数で描かなければならない、ということです。
この本の冒頭に”A Word or Two...”というタイトルの、前書きのさらに前書きのような短文があります。これを僕の訳で紹介します。
著者または出版社の了解を得たわけではありませんが、この本の宣伝(頼まれたわけではありませんが)のようなものですから、この程度なら許されるでしょう。
一言または二言…
誰にとっても水彩の風景画を見るのは楽しいものです。
これは水彩画の鮮やかさと自然発生的な性質に依っていると、私は考えています。
流れる色が私たちの心を捉えるのですが、これは水彩以外の媒体では表現できません。
私が水彩画の魅力に取り憑かれたのは、遠い子供の頃のことです。私の父は画家で、小学生の私はイギリスとアメリカの水彩風景画の巨匠の絵を多くの本や雑誌で見ることができました。
私は、私が二大巨匠と呼ぶ、Edward Wesson と John Pike の簡潔な美しさ、微妙な影、自然のままの鮮やかに魅了されたことを覚えています。
週末になると必ず、友人と私は自転車でプネー周辺にスケッチや絵画の遠足に出かけました。私たちがスケッチ場所を探していると、突然、何かが、たとえば紫と青の混じったような色の丘陵や独特の形をした雲のようなものが遠くに現れました。
私たちは心の中で同時に「あれは John Pike の雲じゃないか!」と叫ぶように、互いに顔を見合わせました。そしてそれを言葉にすることなく、私たちの気持ちが一致したことを心に閉じ込めてしまいました。
あの当時以降に私が捕らえた水彩の“虫”は、その後の私の人生で分かち難いものになりました。
私は成長するにつれて、William Russell Flint から現代の Charles Reid までの水彩画の本により、さまざまなヒントを得ています。
私は、父の指導の他に、Shivaji Tupe、Ravi Paranjape などの画家と会話する機会もありました。また私は K. B. Kulkarni、Ganpatrao Vadanagekar その他の作品を詳しく見ることもしました。このようなインプットによって私の見る目、私の理解が豊かなものになりました。
(2016-9-17)