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「毎日が酔曜日」http://wwwykk.sakura.ne.jp/
編集:大田拓、更新:2023 年 5 月 14 日

大阪IRカジノ住民訴訟


1.大阪市民が立ち上がる

2023年4月上旬の朝日新聞朝刊に「IR用地の賃料が安過ぎて違法」との記事がでました。 この訴訟は大阪市民10人によるもので、これは凄いと思いました。 なぜかと言うと、僕たちの訴訟(横浜旧市庁舎問題)は、まず市会議員2名が提訴し、それに触発されて、半年以上遅れて市民約70名が提訴したのですが、大阪では市民が自ら立ちあがったからです。
それで、早速、この訴訟を支援している大阪法律事務所の長野真一郎弁護士に手紙を書いて、訴状を送ってもらいました。

この訴状では「大阪市長および大阪港湾局長は大阪IR株式会社と夢洲地区の借地権設定を締結してはならない」と契約の差し止めを求めています。
その理由は、土地の賃料が著しく廉価であり、大阪市は適正な対価で賃貸する法的な責任を果たしておらず、地方自治法237条第2項に違反しているからというものです。

以前に横浜で、IRの候補地に挙がっていた山下埠頭をIR事業者に貸すな、という住民訴訟がありましたが、これは「そもそもカジノは法律で禁止されているのだから、そういう事業者に土地を貸すこと自体がおかしい」と言う主旨でした。この訴訟は残念ながら敗訴しました。
しかし、今回の大阪のケースはカジノ云々ではなく、土地の賃料が安すぎるからというもので、横浜のカジノ訴訟とは論点が異なります。またこれは横浜旧市庁舎の建物と土地の値段が安すぎるのがおかしいとの僕たちの訴訟とも類似しているので、色々参考になるはずです。
訴状の内容については、専門的な部分が多く、賃料を決定するまでの経緯はかなり複雑ですが(不動産鑑定を2回も行っている)、僕が理解できた範囲で面白い部分を紹介しましょう。

2.大阪IRカジノ訴訟の注目部分

まず、夢洲地区の土地の賃料ですが、訴状によると、大阪市は土地の賃料の算出のため、4つの不動産鑑定会社に不動産鑑定を依頼しています。しかし、このうち3社の鑑定の賃料が"皆同じ"だというのです。
これに関して詳細は省きますが、複数の鑑定会社が示し合わせたような結果を出しているのは、そもそも大阪市側からの働きかけの結果らしいのです。
もう一つは土地の使い方に関するものです。IR用地ですからIR(カジノ)に使うのが自明であるのに大阪市は「IR事業を考慮外とする」として、夢洲地区に低層または中層(2階建てから4階建て)の商業施設ができるとの条件で鑑定させ、この結果、土地の賃料が安くなるように誘導しています。
この条件変更も大阪市側からの働きかけによるものだそうです。

行政的なプロセスとしては、大阪市の不動産評価審議会(横浜市の財産評価審議会に相当する組織と思われる)が複数の不動産鑑定会社に鑑定を行わせ、大阪市に対して「適正な賃料」として大阪市に答申しているわけです。
これに対する原告の主張は、
不動産鑑定そのものが不当であるから、不当な鑑定に基づく答申も不当である ------(1)、
と極めて明快な論旨です。

行政訴訟の場合、裁判所に提訴する前に、大阪市に対して住民監査請求を行う必要がありますが、この時の監査委員から「まるで数社が示し合わせたみたいじゃないか」との指摘があったそうです。この指摘に対して、ある鑑定会社は「大阪市の担当者から(他の鑑定会社のことを)聞いて知っていた」と正直に答えたそうです。
この訴状で知ったのですが、不動産の複数鑑定では独立性が担保されなければならないというルールがあり、鑑定会社同士が示し合わせて結果を出した場合は違法になります。
横浜旧市庁舎問題の監査請求では門前払いに近い扱いだったのですが、大阪市の監査委員の中には常識が通用する人もいるようです。横浜とは随分カルチャーが違うようで、羨ましく思います。

3.市民運動を支援する風土

今回の訴状には、長野先生以外にも多数の弁護士が名前を連ねています。 そして訴状の内容には、非常に高度かつ難解な部分があり、市民だけでこれだけ密度の濃い訴状を書くのは一般には難しいでしょう。また市民10人くらいではこれだけの弁護士を雇うのは経済的に無理でしょうから、結局、弁護士の皆さんが手弁当で住民訴訟を支えているのでしょう。

以前に、横浜馬車道で弁護士事務所を開いている澤野順彦先生から、関西では反権力の気風が残っており、住民訴訟を無料で支援してくれる弁護士が多数いると聞いたことがありますが、首都圏ではそういう援軍は期待できません。
反権力の気風の強い関西と政府には楯つかない首都圏の風土の違いでしょうか。

さて、大阪市がこのような非常に廉価な賃料にした理由は何でしょうか。以下は僕の推測です。
当時、IR候補地として横浜市には12の事業者から申し込みがありました。
この横浜人気に対して、大阪市にIR事業を申し込んだのは数社のみ。
だから、とにかくIR事業者に少しでも良い条件を提示して申し込みがゼロに終わるような不面目は避けたい、ということではなかったでしょうか。
いずれにせよ、これだけ主張が明快な訴状ですから、大阪地裁が門前払いのような判決をするとは思えません。完全勝訴は無理でも何らかの市民寄りの判決が出るはずと期待しています。

4.横浜旧市庁舎訴訟へ反映できること

横浜市の旧市庁舎の売却訴訟では、原告側が建物や土地の値段が安過ぎておかしいと盛んに攻めているのですが、被告側(横浜市側の弁護士)は、適正なプロセスで算出した価格だから原告の主張は当たらないというのみです。適正なプロセスとは条例で定められたプロセス(手順)通りにやっていることを指します。その金額が適正である根拠を全く示さず、答申に至るまでのプロセスが適正であることのみを言い続けて論争を逃げているわけです。
被告の”逃げの一手”に対して僕たちは攻めあぐねているのですが、大阪IR訴訟の訴状を読んで、上の(1)と同じ論旨で攻めればよかったことに気が付きました。
(横浜市が随意契約した)2社による不動産鑑定が不当であることは、裁判の初期に提出された澤野弁護士による意見書に出ていますから、それを根拠にして「鑑定が不当だから、それに基づく財価審の答申も不当だ」と被告側の反論を一蹴する方法もありましたね。
こういう知識があれば、裁判はもっと有利に進んでいたのではないかと、少々悔んでいます。
(2023-5-14)



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