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「毎日が酔曜日」http://wwwykk.sakura.ne.jp/
編集:大田拓、更新:2021 年 4 月 6 日

横浜旧市庁舎の売却問題


1.横浜市民の財産を守る会

横浜市が旧市庁舎を 7700 万円で星野リゾートを含む三井不動産グループに売却する話は、マスコミで騒がれだしてから「横浜の森友問題」として横浜市民の知る所になりました。反対運動が盛り上がりつつあり、僕もこれは黙っておれないと義憤に駆られて反対運動に加わりました。

2020 年 12 月に、「横浜旧市庁舎の売却問題」についての反対者の集まりがあることを Twitter で知り、参加しました。
参加者は 20 名弱でしたが、詳しく話を聞くと、旧市庁舎建物を売却する値段が安いだけでなく、土地貸付料も破格の安さに設定されています。それで、市民の一人として、見て見ぬふりをすることはできないと、反対運動に参加することにしました。
その後、知人を誘い、参加者が40人程度になった時点で会の名称を「横浜市民の財産を守る会」に決めました。

この活動に加わってから知ったのですが、まず横浜市に対して「住民監査請求」を行ってその不当性を訴える必要があります。その結果住民監査請求で却下または否決された場合(殆どこうなる)に横浜地裁に行政訴訟を起こすことになります。
横浜市の住民監査請求の監査人は 5 人で構成され、その内二人は自民と公明の市会議員です。そして、請求内容に対して監査人の一人でも却下なら請求は却下されます。
したがって、住民監査請求は殆ど却下されるのですが、それでも形式的に監査請求しないと裁判には進めまない仕組みになっています。
一般に行政訴訟は勝率が低いのだそうですが( 100 回中 1 〜 2 回勝てるかどうか)、僕としては勝敗よりも行政訴訟がどういうものか経験してみたい気持ちから参加しています。
この訴訟は横浜市議の太田正孝さんと井上さくらさんがすでに起こしておられ、僕たちは市民原告団として、遅れて参加する形になります。

2.不動産の鑑定方法

横浜市に対する行政訴訟問題では、市有の財産を非常に安い値段で特定業者に払い下げる話が多いため、その建物や土地の値段の鑑定が適切かどうかを理解する必要があります。そのために、不動産(建物、土地)の鑑定の知識が必要になります。
不動産鑑定士という職業の専門家がいますが、これは文系3大難関国家資格の一つで、非常に難しいそうですが、それでもこの種の知識を理解できなければ話になりません。 それで、ネットの情報や本を読んで勉強を始めています。

建物の値段の鑑定プロセスは次の通りです。
(1)その建物を今作ったらいくらかかるかを推定する(これを再調達原価と言う)。
(2)次にその後の経過年数(築年数)によって、建物の価値がどれだけ減じられたかを推定する(この結果が建物の鑑定評価値になる)。
計算のプロセスは単純ですが、現実に正確な数字を出すには細かいプロの知識が必要です。さらに一戸建ての場合と異なり、旧市庁舎の場合は、行政棟、複数の市会棟、中庭棟から構成され、築年数は行政棟が60年近く、中庭棟は9年程度です。さらに約9年前に50億円かけて耐震補強工事が行われています。こういう複雑な建物群を評価するわけです。
一般に再調達原価は延床面積に建設単価(円/m2)をかけて求めるのですが、単価も不動産鑑定会社によって異なり、同じ建物評価でもA社は 109 億円、J社は 166 億円と大きな差が生まれます。

借地料の鑑定には次の3つの方法があります。
(1)積算法(原価法とも呼ばれる):土地の売却価格と期待できる利回りだけで借地料を算出する。
(2)賃貸事業分析法(収益還元法とも呼ばれる):その土地に建てる建物の詳細な構成を基にして期待できる収益から借地料を算出する。
(3)賃貸事例比較法(取引事例比較法とも呼ばれる):同一需給圏内での比較可能な事例に基づいて借地料を定める。
特に(2)は借地代を計算するのに、その土地の上に出来る建物の詳細が必要です。借地料は土地だけで決まると思っていましたが、こんな方法があるとは知りませんでした。
旧市庁舎の場合は、(3)の方法は比較できる物件がないとのことで採用していません。しかし、実はパシフィコ横浜への借地料と比較できるのですが、不動産鑑定会社はここを無視して議論を進めています。
(1)の方法は結果がラフすぎるきらいがあるので、主として(2)の方法で鑑定されていますが、これが非常にトリッキーなため、素人が本質を突くのは非常に難しい面があります。

3.市民運動の課題

上に述べたのは鑑定プロセスのホンの概要で、既に訴訟を起こしておられる先人(太田さんや井上さん)から資料を入手して、これを読みながら勉強しているため、現時点ではもう少し詳しい知識は持っていますが、ただこの程度の勉強では、訴訟で議論される内容が分かる程度の知識にすぎません。
参加者の中には訴訟に詳しい人も多少いますが、詳しいと言っても不動産鑑定士や弁護士が務まるほどの知識はありません。殆どの参加者は素人で、そういう人間集団で戦いを進めて行くわけです。

今回の問題は、リコール運動のように人海戦術で数多く署名を集めれば勝てるというものではなく、裁判で勝訴する必要があります。
それで最近は裁判の本も読んでいますが、自由国民社「訴訟は本人で出来る」には、
(1)訴訟は技術であり、正義が勝つとは限らない
(2)訴訟は一種の理論闘争である
と重要な点が指摘されています。
つまり、人海戦術などのマンパワーで決着がつく問題ではなく、どちらがより多く研究したか(脳味噌に汗をかいたか)で決まります。

言うまでもなく、原告が訴状の内容を理解できないのでは話にならないので、僕は基礎的な勉強から始めています。僕は皆で知恵を出し合えば活路が拓けると思うのですが、どうも勉強が苦手な人が多いようです。特に難解な不動産鑑定評価の文章を読み込むのは根気が必要ですが、皆さん高齢者が多く、なかなか思うように進みません。
今回、この活動に参加して分かったことは、皆で勉強して問題の本質を突けるようになろうと考える人はわずかで、とにかく反対運動に参加することに意義があると考える人が多いことです。そして熱心な人はある種のベテランで、旧市庁舎の売却問題だけでなく、その他のいろんな問題に関与しています。だから手順はよくご存知ですが、殆どのケースで敗訴してから「不当判決だ!」と裁判官を批判するのが常のようです。
こういう実態を知ったことは驚きでもあり、収穫でもありました。

例えて言えば、僕たちの技量は草野球レベルで、一人か二人リーダーがいますが、このリーダーだって、プロ野球のコーチが務まるほどの知識はありません。
したがって草野球チームがプロ野球チームと対戦しても勝てないのは当然です。
また、十分な資金があるわけではないので、優秀な弁護士を雇うことも簡単にはできません。また弁護士にもいろいろあり、名ばかりであまり頼りにならない人もいるようです。
ここに市民運動の難しさがあります。

4.小説・横浜の黒い霧(1)

もし、松本清張が生きていたら、横浜の森友問題を題材にして面白いミステリー小説を書いたはずだと最近思っています。それほど、この話は奥が深く、ミステリーの様相が大きいからです。

ミステリー「横浜の黒い霧」は横浜市の三ツ沢公園の慰霊塔辺りを散策する二人の男女の会話から始まる。
この慰霊塔は昭和 20 年の横浜大空襲で亡くなった人々を慰霊するために戦後に建立されたもので、左の塔は大戦による破壊を表し、右の塔は戦後の再生を表すと説明されている。近くにはテニスコートや、馬術の練習場などもあり、市民の貴重な憩いの場になっている。
時期は 2018 年の 11 月初旬で、公園の樹木が色づき始めていた。
「あなた、最近悩み事があるの?」
「何でわかるんだ。」
「だって、あなたとはもう 20 年以上も一緒に暮らしているのよ。分からないはずがないじゃない。」
「そうだな。実は、大変面倒な宿題をもらってしまって、どうしたらよいか困っているんだ。」
「そのこと、ひょっとして、数日前に杉山さんから呼び出されたことと関係あるんじゃないの?」
杉山さんは横浜市の財価審(財産評価審議会)の委員長である。杉山さんとは以前から仕事でお世話になっている関係だが、先日の呼び出し内容は妻にも話せない。
「こんな仕事、受けなきゃあ良かったと後悔しているけどね。もう遅い。」
「私が聞いても助けにはならないと思うけど、よかったら私に話してよ。」
「君の気持は嬉しいが、守秘義務があって、妻と言えども他人には話せないんだ。」
「それは知ってるけど、あなたがつらい思いをしているのを見て見ぬふりを続けることはできないのよ。絶対に口外しないから。」

この二人はこの公園の近くに住む夫婦で、夫は不動産鑑士として、自宅のマンションを仕事場にしている。
不動産鑑定士は文系の3大難関国家試験の一つで、不動産の価格を鑑定評価する専門家である。弁護士に匹敵するほどの苦労をして不動産鑑定士の資格をとっても、最近は公共事業の減少などで、必ずしも高収入が保証されるわけではない。
不動産鑑定士の資格をとった一部の友人は、銀行やゼネコンの不動産鑑定部門で不動産鑑定を担当しており、暮らし向きは最も安定している。
それ以外の友人は不動産鑑定会社に勤めるか(または経営するか)、個人で不動産鑑定業を営むか、どちらかである。
この小説の主人公は、個人事業主として「xxx不動産鑑定」の看板を出して、官公庁からの依頼の仕事をしている。
最近は仕事が途切れがちであり、横浜市などの官公庁から仕事をもらえなくなれば経営はたちまち傾く恐れがあり、立場上は最も弱い。

さらに、横浜市には財産評価審議会(通称財価審)という審議会があり、市が業者に依頼した鑑定評価書がここでチェックされる仕組みになっている。
(以下、次号)
(2021-4-6)



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